ABOUT US
幼い頃から何か作る事が好きでした
外で遊ぶよりも絵本とかままごと遊びが好きでした
雲を眺めて一日中空想して過ごすような子供でした
家族の誕生日などは お父さん、お母さんの
喜ぶ顔がみたくって
部屋を折り紙のわっかや国旗の旗で飾り付けして
手書きのプログラムを作って
当時大人気だったマッチの物まねや手品ショーをして
ケーキをみんなで食べたり 紙しばいを見せたり
思いつく限り 楽しませようとしていました。
小さい頃の写真を見るのが大好きで
物置からアルバムをだしてきては
飽きる事なく写真ばかりみていました
何となく遊んだ記憶のおもちゃにあたる部屋の光
雪だるまの横でみかんを食べる自分
今はもうない家の芝生の庭のブランコ
子供の自分からすればちょっと前の事なのに
とても懐かしさを感じておもしろいなぁと
飽きる事なく見ていました。
※40歳すぎてからは昔の写真をみると
ちょっと胸がくるしくなる感じがするんだけど
折り返し地点を回ったせいかなぁ(笑
小中学時代は
写真に写るのが大好きなお調子者の子供でした
カメラを向けられると嬉しく
ピースやふざけたポーズばかりしていました。
だけども自分で写真を撮った記憶はなくって
唯一思い出すのは
大学受験で横浜に行ったときに
写ルンですで横浜の
駅のホームの写真を撮ったことかなぁ・・・・
大学受験失敗の為 予備校へ
大学に行くなんの目的もなく
とりあえず大学に入れば何かが見つかると思っていたし
遊ぶ為に行くもんだと思っていた・・・・
かなり恥ずかしい考え方をしていました。
やっぱり そんな目標もない気持ちでは
勉強もするはずもなく
だらだらと 毎日すぎて結果
二回目の受験失敗・・・・・・
どうにも 人生をなめていたなぁ(汗
毎日毎日ダラダラ
パチンコばかりしていました
小遣いもなく これじゃいかんとおもい
アルバイトニュースを買ってみた・・・・・
一通りみてもどうもピンとくる仕事もない
同じような仕事ばかりだなぁと思ってみていた
だけどなんとなく10冊ぐらい買った頃
あっ楽しそうでやってみたいなぁと思う求人発見!!
「結婚式のカメラマン 募集」
初めてカメラを手にしたとき
それはドキドキの箱でした
自分でよく撮れたと思っても
出来上がりどうなっているんだろう?って
すぐ見れないし
フィルムだから時間がかかる
「次の週にこれば見れるよ」と先輩、
次の週が楽しみで楽しみで
自分の撮った写真をみることも楽しかったし
ピントを合わせることも出来るようになったり
ちょっとずつ 巧くなってる感じが
嬉しかった
今は先輩と一緒だけど
来週から一人で撮影だ?
ドキドキ
どんな写真が撮れたかな・・・・・
好奇心の箱 勉強の箱
写真が好きになっていた
毎日写真の事ばかり考えて過ごすようになった。
自分が撮った写真が一生残る写真だと思うと
かなりのやりがいを感じていた
先輩の中には 奇麗に撮るよりも写っていれば
いいという人もいたけど
僕はやはり奇麗に撮りたかったし
アルバムに使う写真選びやレイアウトとか妥協したくなかった
仲間のカメラマンがアルバムに貼った写真が曲がっていたり
目つむりがはいっているアルバムをお客さんに渡したくなくって
納品前にこっそり
朝一番、張り替えてまわった。
時代はデジタルカメラになって
写真はデーターになり
自分で台紙に張るアルバムを作る事がなくなり
少し経った頃
ふと感じた事、
一生懸命撮影した写真は
どんなアルバムになって
二人の手に渡ったんだろうか?
二人はどんな顔でアルバムをみてくれただろう?って
思うようになってきました
・・・・・・実をいうと その頃の僕は
撮影だけして
納品するカメラマンだったんです。
出来上がったアルバムは
デザインもひどくて
使ってる写真のチョイスも
いまいちで
実際のところ
お客さんからは
ひどく言われていました。
その頃よく聞いたお客さんの言葉で、
高いアルバムだったけど
一度見たら、もう二度とみたくなくって
友達にも見せたくないから
押し入れに隠す様にしまっています。・・・
封印しています・・・
正直言って、そんなアルバムを
お客さんにお届けしていたのかと思うと
いたたまれなくおもったし
そんなアルバムに入れる写真を一生懸命撮っているのかと
思うと泣けるほどショックだった。
それからは、もっとお客さんが欲しくなるような
アルバムって何だろう?
自分ならどんな写真でどんなアルバムが良いんだろう?
て考えるようになっていた。
それから 数年経って
ブログをはじめた頃
自分の写真がへたくそで 自信もなく公表するほどのような写真じゃないし
はずかしいからと なかなか 自分で撮った写真を載せれないでいた・・・・
ずっとモヤモヤしていたんだけど
ある日 帰り道の渋滞の車の窓から みえる
夕日と遠くまでのびる電線を見たとき
ハッとした。
いままで 写真を撮るときに
じゃまだなーと感じていた電線。
これが どこかで誰かに繋がっているんだなーと思ったら、
人との縁みたいだなーって、ふっと考え方が
頭の上のもっと上の空の方になって行くような感じがした。
自分の撮ったものを
自分が恥ずかしく思っていたのでは
それほど お客さんに失礼なことはないし
自分があれほど嫌がった
アルバムを 押し入れに隠してしまう行為と同じなんじゃないの?
と
感じた。
これはいかんなと
きちんと自分の撮影したものについてしっかり向き合い
考えるようになりはじめた。
夕焼けを見た日、その時の思ったことを
ノートに書いていた
『あるときからから、なんだか急に自分の撮る写真に対して
嫌だなーと思うようになったことがあった。
ブログをはじめるようになっても、自信がもてずに
なかなか 写真を載せれなかったり、自分の言葉すら書けなかった。
どこか、人のブログや 結婚式の写真の上手い人の
作品を見て うらやましさや、自分の写真の未熟さを
発表することが、怖かったのかもしれない。
自分を良く見せたいって、カッコつけていたのかもしれない
でも なぜか、ここ最近いろんな人との出会いがあってから、
ボクの気持ちが、ゆっくりと ゆっくりと
変わってきた。
素直になれるようになってきた。
そのことで、ボクのことを共感してくれて応援してくれている人が
いるってことも知ったし、
ボクの写真を心から喜んでくれる 人達が
大勢いてくれるってことも知った。
そういった事がこころの支えとなっていくんだなーって
おもったら楽になった。』
やっぱり 写真っていいなー
2019.5.1 ウェディングフォトグラファー 金森広治
外で遊ぶよりも絵本とかままごと遊びが好きでした
雲を眺めて一日中空想して過ごすような子供でした
家族の誕生日などは お父さん、お母さんの
喜ぶ顔がみたくって
部屋を折り紙のわっかや国旗の旗で飾り付けして
手書きのプログラムを作って
当時大人気だったマッチの物まねや手品ショーをして
ケーキをみんなで食べたり 紙しばいを見せたり
思いつく限り 楽しませようとしていました。
小さい頃の写真を見るのが大好きで
物置からアルバムをだしてきては
飽きる事なく写真ばかりみていました
何となく遊んだ記憶のおもちゃにあたる部屋の光
雪だるまの横でみかんを食べる自分
今はもうない家の芝生の庭のブランコ
子供の自分からすればちょっと前の事なのに
とても懐かしさを感じておもしろいなぁと
飽きる事なく見ていました。
※40歳すぎてからは昔の写真をみると
ちょっと胸がくるしくなる感じがするんだけど
折り返し地点を回ったせいかなぁ(笑
小中学時代は
写真に写るのが大好きなお調子者の子供でした
カメラを向けられると嬉しく
ピースやふざけたポーズばかりしていました。
だけども自分で写真を撮った記憶はなくって
唯一思い出すのは
大学受験で横浜に行ったときに
写ルンですで横浜の
駅のホームの写真を撮ったことかなぁ・・・・
大学受験失敗の為 予備校へ
大学に行くなんの目的もなく
とりあえず大学に入れば何かが見つかると思っていたし
遊ぶ為に行くもんだと思っていた・・・・
かなり恥ずかしい考え方をしていました。
やっぱり そんな目標もない気持ちでは
勉強もするはずもなく
だらだらと 毎日すぎて結果
二回目の受験失敗・・・・・・
どうにも 人生をなめていたなぁ(汗
毎日毎日ダラダラ
パチンコばかりしていました
小遣いもなく これじゃいかんとおもい
アルバイトニュースを買ってみた・・・・・
一通りみてもどうもピンとくる仕事もない
同じような仕事ばかりだなぁと思ってみていた
だけどなんとなく10冊ぐらい買った頃
あっ楽しそうでやってみたいなぁと思う求人発見!!
「結婚式のカメラマン 募集」
初めてカメラを手にしたとき
それはドキドキの箱でした
自分でよく撮れたと思っても
出来上がりどうなっているんだろう?って
すぐ見れないし
フィルムだから時間がかかる
「次の週にこれば見れるよ」と先輩、
次の週が楽しみで楽しみで
自分の撮った写真をみることも楽しかったし
ピントを合わせることも出来るようになったり
ちょっとずつ 巧くなってる感じが
嬉しかった
今は先輩と一緒だけど
来週から一人で撮影だ?
ドキドキ
どんな写真が撮れたかな・・・・・
好奇心の箱 勉強の箱
写真が好きになっていた
毎日写真の事ばかり考えて過ごすようになった。
自分が撮った写真が一生残る写真だと思うと
かなりのやりがいを感じていた
先輩の中には 奇麗に撮るよりも写っていれば
いいという人もいたけど
僕はやはり奇麗に撮りたかったし
アルバムに使う写真選びやレイアウトとか妥協したくなかった
仲間のカメラマンがアルバムに貼った写真が曲がっていたり
目つむりがはいっているアルバムをお客さんに渡したくなくって
納品前にこっそり
朝一番、張り替えてまわった。
時代はデジタルカメラになって
写真はデーターになり
自分で台紙に張るアルバムを作る事がなくなり
少し経った頃
ふと感じた事、
一生懸命撮影した写真は
どんなアルバムになって
二人の手に渡ったんだろうか?
二人はどんな顔でアルバムをみてくれただろう?って
思うようになってきました
・・・・・・実をいうと その頃の僕は
撮影だけして
納品するカメラマンだったんです。
出来上がったアルバムは
デザインもひどくて
使ってる写真のチョイスも
いまいちで
実際のところ
お客さんからは
ひどく言われていました。
その頃よく聞いたお客さんの言葉で、
高いアルバムだったけど
一度見たら、もう二度とみたくなくって
友達にも見せたくないから
押し入れに隠す様にしまっています。・・・
封印しています・・・
正直言って、そんなアルバムを
お客さんにお届けしていたのかと思うと
いたたまれなくおもったし
そんなアルバムに入れる写真を一生懸命撮っているのかと
思うと泣けるほどショックだった。
それからは、もっとお客さんが欲しくなるような
アルバムって何だろう?
自分ならどんな写真でどんなアルバムが良いんだろう?
て考えるようになっていた。
それから 数年経って
ブログをはじめた頃
自分の写真がへたくそで 自信もなく公表するほどのような写真じゃないし
はずかしいからと なかなか 自分で撮った写真を載せれないでいた・・・・
ずっとモヤモヤしていたんだけど
ある日 帰り道の渋滞の車の窓から みえる
夕日と遠くまでのびる電線を見たとき
ハッとした。
いままで 写真を撮るときに
じゃまだなーと感じていた電線。
これが どこかで誰かに繋がっているんだなーと思ったら、
人との縁みたいだなーって、ふっと考え方が
頭の上のもっと上の空の方になって行くような感じがした。
自分の撮ったものを
自分が恥ずかしく思っていたのでは
それほど お客さんに失礼なことはないし
自分があれほど嫌がった
アルバムを 押し入れに隠してしまう行為と同じなんじゃないの?
と
感じた。
これはいかんなと
きちんと自分の撮影したものについてしっかり向き合い
考えるようになりはじめた。
夕焼けを見た日、その時の思ったことを
ノートに書いていた
『あるときからから、なんだか急に自分の撮る写真に対して
嫌だなーと思うようになったことがあった。
ブログをはじめるようになっても、自信がもてずに
なかなか 写真を載せれなかったり、自分の言葉すら書けなかった。
どこか、人のブログや 結婚式の写真の上手い人の
作品を見て うらやましさや、自分の写真の未熟さを
発表することが、怖かったのかもしれない。
自分を良く見せたいって、カッコつけていたのかもしれない
でも なぜか、ここ最近いろんな人との出会いがあってから、
ボクの気持ちが、ゆっくりと ゆっくりと
変わってきた。
素直になれるようになってきた。
そのことで、ボクのことを共感してくれて応援してくれている人が
いるってことも知ったし、
ボクの写真を心から喜んでくれる 人達が
大勢いてくれるってことも知った。
そういった事がこころの支えとなっていくんだなーって
おもったら楽になった。』
やっぱり 写真っていいなー
2019.5.1 ウェディングフォトグラファー 金森広治
幼い頃から何か作る事が好きでした
外で遊ぶよりも絵本とかままごと遊びが好きでした
雲を眺めて一日中空想して過ごすような子供でした
家族の誕生日などは お父さん、お母さんの
喜ぶ顔がみたくって
部屋を折り紙のわっかや国旗の旗で飾り付けして
手書きのプログラムを作って
当時大人気だったマッチの物まねや手品ショーをして
ケーキをみんなで食べたり 紙しばいを見せたり
思いつく限り 楽しませようとしていました。
小さい頃の写真を見るのが大好きで
物置からアルバムをだしてきては
飽きる事なく写真ばかりみていました
何となく遊んだ記憶のおもちゃにあたる部屋の光
雪だるまの横でみかんを食べる自分
今はもうない家の芝生の庭のブランコ
子供の自分からすればちょっと前の事なのに
とても懐かしさを感じておもしろいなぁと
飽きる事なく見ていました。
※40歳すぎてからは昔の写真をみると
ちょっと胸がくるしくなる感じがするんだけど
折り返し地点を回ったせいかなぁ(笑
小中学時代は
写真に写るのが大好きなお調子者の子供でした
カメラを向けられると嬉しく
ピースやふざけたポーズばかりしていました。
だけども自分で写真を撮った記憶はなくって
唯一思い出すのは
大学受験で横浜に行ったときに
写ルンですで横浜の
駅のホームの写真を撮ったことかなぁ・・・・
大学受験失敗の為 予備校へ
大学に行くなんの目的もなく
とりあえず大学に入れば何かが見つかると思っていたし
遊ぶ為に行くもんだと思っていた・・・・
かなり恥ずかしい考え方をしていました。
やっぱり そんな目標もない気持ちでは
勉強もするはずもなく
だらだらと 毎日すぎて結果
二回目の受験失敗・・・・・・
どうにも 人生をなめていたなぁ(汗
毎日毎日ダラダラ
パチンコばかりしていました
小遣いもなく これじゃいかんとおもい
アルバイトニュースを買ってみた・・・・・
一通りみてもどうもピンとくる仕事もない
同じような仕事ばかりだなぁと思ってみていた
だけどなんとなく10冊ぐらい買った頃
あっ楽しそうでやってみたいなぁと思う求人発見!!
「結婚式のカメラマン 募集」
初めてカメラを手にしたとき
それはドキドキの箱でした
自分でよく撮れたと思っても
出来上がりどうなっているんだろう?って
すぐ見れないし
フィルムだから時間がかかる
「次の週にこれば見れるよ」と先輩、
次の週が楽しみで楽しみで
自分の撮った写真をみることも楽しかったし
ピントを合わせることも出来るようになったり
ちょっとずつ 巧くなってる感じが
嬉しかった
今は先輩と一緒だけど
来週から一人で撮影だ?
ドキドキ
どんな写真が撮れたかな・・・・・
好奇心の箱 勉強の箱
写真が好きになっていた
毎日写真の事ばかり考えて過ごすようになった。
自分が撮った写真が一生残る写真だと思うと
かなりのやりがいを感じていた
先輩の中には 奇麗に撮るよりも写っていれば
いいという人もいたけど
僕はやはり奇麗に撮りたかったし
アルバムに使う写真選びやレイアウトとか妥協したくなかった
仲間のカメラマンがアルバムに貼った写真が曲がっていたり
目つむりがはいっているアルバムをお客さんに渡したくなくって
納品前にこっそり
朝一番、張り替えてまわった。
時代はデジタルカメラになって
写真はデーターになり
自分で台紙に張るアルバムを作る事がなくなり
少し経った頃
ふと感じた事、
一生懸命撮影した写真は
どんなアルバムになって
二人の手に渡ったんだろうか?
二人はどんな顔でアルバムをみてくれただろう?って
思うようになってきました
・・・・・・実をいうと その頃の僕は
撮影だけして
納品するカメラマンだったんです。
出来上がったアルバムは
デザインもひどくて
使ってる写真のチョイスも
いまいちで
実際のところ
お客さんからは
ひどく言われていました。
その頃よく聞いたお客さんの言葉で、
高いアルバムだったけど
一度見たら、もう二度とみたくなくって
友達にも見せたくないから
押し入れに隠す様にしまっています。・・・
封印しています・・・
正直言って、そんなアルバムを
お客さんにお届けしていたのかと思うと
いたたまれなくおもったし
そんなアルバムに入れる写真を一生懸命撮っているのかと
思うと泣けるほどショックだった。
それからは、もっとお客さんが欲しくなるような
アルバムって何だろう?
自分ならどんな写真でどんなアルバムが良いんだろう?
て考えるようになっていた。
それから 数年経って
ブログをはじめた頃
自分の写真がへたくそで 自信もなく公表するほどのような写真じゃないし
はずかしいからと なかなか 自分で撮った写真を載せれないでいた・・・・
ずっとモヤモヤしていたんだけど
ある日 帰り道の渋滞の車の窓から みえる
夕日と遠くまでのびる電線を見たとき
ハッとした。
いままで 写真を撮るときに
じゃまだなーと感じていた電線。
これが どこかで誰かに繋がっているんだなーと思ったら、
人との縁みたいだなーって、ふっと考え方が
頭の上のもっと上の空の方になって行くような感じがした。
自分の撮ったものを
自分が恥ずかしく思っていたのでは
それほど お客さんに失礼なことはないし
自分があれほど嫌がった
アルバムを 押し入れに隠してしまう行為と同じなんじゃないの?
と
感じた。
これはいかんなと
きちんと自分の撮影したものについてしっかり向き合い
考えるようになりはじめた。
夕焼けを見た日、その時の思ったことを
ノートに書いていた
『あるときからから、なんだか急に自分の撮る写真に対して
嫌だなーと思うようになったことがあった。
ブログをはじめるようになっても、自信がもてずに
なかなか 写真を載せれなかったり、自分の言葉すら書けなかった。
どこか、人のブログや 結婚式の写真の上手い人の
作品を見て うらやましさや、自分の写真の未熟さを
発表することが、怖かったのかもしれない。
自分を良く見せたいって、カッコつけていたのかもしれない
でも なぜか、ここ最近いろんな人との出会いがあってから、
ボクの気持ちが、ゆっくりと ゆっくりと
変わってきた。
素直になれるようになってきた。
そのことで、ボクのことを共感してくれて応援してくれている人が
いるってことも知ったし、
ボクの写真を心から喜んでくれる 人達が
大勢いてくれるってことも知った。
そういった事がこころの支えとなっていくんだなーって
おもったら楽になった。』
やっぱり 写真っていいなー
2019.5.1 ウェディングフォトグラファー 金森広治
外で遊ぶよりも絵本とかままごと遊びが好きでした
雲を眺めて一日中空想して過ごすような子供でした
家族の誕生日などは お父さん、お母さんの
喜ぶ顔がみたくって
部屋を折り紙のわっかや国旗の旗で飾り付けして
手書きのプログラムを作って
当時大人気だったマッチの物まねや手品ショーをして
ケーキをみんなで食べたり 紙しばいを見せたり
思いつく限り 楽しませようとしていました。
小さい頃の写真を見るのが大好きで
物置からアルバムをだしてきては
飽きる事なく写真ばかりみていました
何となく遊んだ記憶のおもちゃにあたる部屋の光
雪だるまの横でみかんを食べる自分
今はもうない家の芝生の庭のブランコ
子供の自分からすればちょっと前の事なのに
とても懐かしさを感じておもしろいなぁと
飽きる事なく見ていました。
※40歳すぎてからは昔の写真をみると
ちょっと胸がくるしくなる感じがするんだけど
折り返し地点を回ったせいかなぁ(笑
小中学時代は
写真に写るのが大好きなお調子者の子供でした
カメラを向けられると嬉しく
ピースやふざけたポーズばかりしていました。
だけども自分で写真を撮った記憶はなくって
唯一思い出すのは
大学受験で横浜に行ったときに
写ルンですで横浜の
駅のホームの写真を撮ったことかなぁ・・・・
大学受験失敗の為 予備校へ
大学に行くなんの目的もなく
とりあえず大学に入れば何かが見つかると思っていたし
遊ぶ為に行くもんだと思っていた・・・・
かなり恥ずかしい考え方をしていました。
やっぱり そんな目標もない気持ちでは
勉強もするはずもなく
だらだらと 毎日すぎて結果
二回目の受験失敗・・・・・・
どうにも 人生をなめていたなぁ(汗
毎日毎日ダラダラ
パチンコばかりしていました
小遣いもなく これじゃいかんとおもい
アルバイトニュースを買ってみた・・・・・
一通りみてもどうもピンとくる仕事もない
同じような仕事ばかりだなぁと思ってみていた
だけどなんとなく10冊ぐらい買った頃
あっ楽しそうでやってみたいなぁと思う求人発見!!
「結婚式のカメラマン 募集」
初めてカメラを手にしたとき
それはドキドキの箱でした
自分でよく撮れたと思っても
出来上がりどうなっているんだろう?って
すぐ見れないし
フィルムだから時間がかかる
「次の週にこれば見れるよ」と先輩、
次の週が楽しみで楽しみで
自分の撮った写真をみることも楽しかったし
ピントを合わせることも出来るようになったり
ちょっとずつ 巧くなってる感じが
嬉しかった
今は先輩と一緒だけど
来週から一人で撮影だ?
ドキドキ
どんな写真が撮れたかな・・・・・
好奇心の箱 勉強の箱
写真が好きになっていた
毎日写真の事ばかり考えて過ごすようになった。
自分が撮った写真が一生残る写真だと思うと
かなりのやりがいを感じていた
先輩の中には 奇麗に撮るよりも写っていれば
いいという人もいたけど
僕はやはり奇麗に撮りたかったし
アルバムに使う写真選びやレイアウトとか妥協したくなかった
仲間のカメラマンがアルバムに貼った写真が曲がっていたり
目つむりがはいっているアルバムをお客さんに渡したくなくって
納品前にこっそり
朝一番、張り替えてまわった。
時代はデジタルカメラになって
写真はデーターになり
自分で台紙に張るアルバムを作る事がなくなり
少し経った頃
ふと感じた事、
一生懸命撮影した写真は
どんなアルバムになって
二人の手に渡ったんだろうか?
二人はどんな顔でアルバムをみてくれただろう?って
思うようになってきました
・・・・・・実をいうと その頃の僕は
撮影だけして
納品するカメラマンだったんです。
出来上がったアルバムは
デザインもひどくて
使ってる写真のチョイスも
いまいちで
実際のところ
お客さんからは
ひどく言われていました。
その頃よく聞いたお客さんの言葉で、
高いアルバムだったけど
一度見たら、もう二度とみたくなくって
友達にも見せたくないから
押し入れに隠す様にしまっています。・・・
封印しています・・・
正直言って、そんなアルバムを
お客さんにお届けしていたのかと思うと
いたたまれなくおもったし
そんなアルバムに入れる写真を一生懸命撮っているのかと
思うと泣けるほどショックだった。
それからは、もっとお客さんが欲しくなるような
アルバムって何だろう?
自分ならどんな写真でどんなアルバムが良いんだろう?
て考えるようになっていた。
それから 数年経って
ブログをはじめた頃
自分の写真がへたくそで 自信もなく公表するほどのような写真じゃないし
はずかしいからと なかなか 自分で撮った写真を載せれないでいた・・・・
ずっとモヤモヤしていたんだけど
ある日 帰り道の渋滞の車の窓から みえる
夕日と遠くまでのびる電線を見たとき
ハッとした。
いままで 写真を撮るときに
じゃまだなーと感じていた電線。
これが どこかで誰かに繋がっているんだなーと思ったら、
人との縁みたいだなーって、ふっと考え方が
頭の上のもっと上の空の方になって行くような感じがした。
自分の撮ったものを
自分が恥ずかしく思っていたのでは
それほど お客さんに失礼なことはないし
自分があれほど嫌がった
アルバムを 押し入れに隠してしまう行為と同じなんじゃないの?
と
感じた。
これはいかんなと
きちんと自分の撮影したものについてしっかり向き合い
考えるようになりはじめた。
夕焼けを見た日、その時の思ったことを
ノートに書いていた
『あるときからから、なんだか急に自分の撮る写真に対して
嫌だなーと思うようになったことがあった。
ブログをはじめるようになっても、自信がもてずに
なかなか 写真を載せれなかったり、自分の言葉すら書けなかった。
どこか、人のブログや 結婚式の写真の上手い人の
作品を見て うらやましさや、自分の写真の未熟さを
発表することが、怖かったのかもしれない。
自分を良く見せたいって、カッコつけていたのかもしれない
でも なぜか、ここ最近いろんな人との出会いがあってから、
ボクの気持ちが、ゆっくりと ゆっくりと
変わってきた。
素直になれるようになってきた。
そのことで、ボクのことを共感してくれて応援してくれている人が
いるってことも知ったし、
ボクの写真を心から喜んでくれる 人達が
大勢いてくれるってことも知った。
そういった事がこころの支えとなっていくんだなーって
おもったら楽になった。』
やっぱり 写真っていいなー
2019.5.1 ウェディングフォトグラファー 金森広治